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蔵書一代―なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか 紀田 順一郎

蔵書一代―なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか 紀田 順一郎


読了です。

やむをえない事情から3万冊超の蔵書を手放した著者。自らの半身をもぎとられたような痛恨の蔵書処分を契機に、「蔵書とは何か」という命題に改めて取り組んだ。近代日本の出版史・読書文化を振り返りながら、「蔵書」の意義と可能性、その限界を探る。

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蔵書、3万冊はないですが、千数百冊ってとこかな?
本棚に入りきれない本は処分するようにはしてますが、
最近は積み上げているものも多くって・・・。
いつか重い腰を上げてきちんとしなくちゃ、とは思ってますが(;^^)。

「蔵書の処分」というと通常は「古本屋に売る」だと思います。
が、研究などをしている方は専門書が多いせいか、大学図書館や公共図書館に「○○文庫」という形で一括収蔵してくれるのを望むそうです。
そっか、「○○文庫」ってそういう意味だったのか(;^^)と思ったり。

ところが、昨今はこういう場所でも「いいえ、不要です」と断ることが多く、著名な作家さんや特殊な研究書ならまだしも、って感じ。
評論・翻訳・小説家をされている著者さんでさえ、大変だったそうです。

そういえば作家さんなどのエッセイなどを読んでいると「家の新築・引っ越し・リフォーム」などで大変なのは本の収納場所と移動方法。今はそれでも業者に依頼してトラックで、と簡単になりましたが、昔は木箱に入れて、リヤカーで運んで、とか。

本の前半は著者の引っ越しにまつわる書籍の移動と処分方法について。
後半は「そもそも昔の人はどうしてたのか?」という歴史的背景について。
誰が「本棚」を最初に使い始めたのか?とか。
考えてみればかなり昔は「和綴じ」の本が多かった為、立てかけるより横積みにするのが主流。
それを「棚を作って収容する」ようになるんだから。

前半の経緯は結構面白く読めましたけど、後半は若干小難しかったかなぁ。
途中で斜め読みに近くなった処もあり・・・。
でも自分の本をどうするか、ちょっと考えさせられた本でした。

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Comments

蔵書 千数百冊 はすごいですね。

Posted by: オサムシ | March 22, 2018 at 05:57 AM

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